ビリギャルを見て、付属高校( 千葉日本大学第一高校)から他大学(慶応)へ行く苦労した自分の経験を思い出す

シェアよろしくお願いします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
  • 13

IMG_3109_R

 映画「ビリギャル」を見てきた。公開から2カ月で動員200万人し、現在もロングラン上映中だそうです。

ビリギャルが一人の教師と出会い、その運命を変えた――。小学4年レベルの学力だった金髪ギャルが、日本最難関の私大・慶應義塾大学への現役合格を果たす。「ダメな人間などいません。ただ、ダメな指導者がいるだけなのです」

ビリギャル 公式サイトより
 
 映画を見ていて、とても自分に被るシーンが多くて、ちょっと共感してしまいました。

 ストーリーを簡単に言うと偏差値40に満たず、高校の担任に「おまえなんか慶応に入れるはずがない」と罵倒される落ちこぼれの女子高校生が、ひとりの予備校の先生との出会いから一念発起、慶應義塾大学に現役合格するというストーリーです。

 僕の父親は、早稲田大学法学部卒業でした。そのためか、自分も子供の頃からなんとなく早稲田大学に行きたいと思っていました。
というか早稲田に行くんだとおもっていました。当然受験で合格しないと入れないとは知らず。

 小学校、中学校時代は、勉強ができず。いつもクラスでの成績は、中ぐらい。
高校受験では早稲田大学の付属の早稲田大学高等学院や早稲田実業高校などには入れるはずもない成績でした。
 
 とりあえず入れた高校が、私立千葉日本大学第一高等学校でした。わが母校です。

CIMG3533_R
 
 当時は深く考えておらずに日大の付属に入ったのですが、大学は早稲田に行きたいというか、早稲田に行くと決めていました。

成績からすると、まったくムリなんですが、若いって怖いですね。

 高校に入ってカルチャーショックだったのは、授業も教師も学校も生徒もとにかく全員日大に進学を目指すという雰囲気なこと。

 日大以外の他大学に行くわずかな生徒は、他大学へ行きたいのではなく、日大への内部進学ができない成績の悪い生徒ばかりでした。

責任回避をするために言っておくと、僕の周囲の仲間は。そうでない人もいたかもしれないですが。

 授業の雰囲気も他大学に行きたい人間には、逆風でした。なんせ、日大への内部試験(統一テスト)の予備校みたいな授業でしたから。

僕自身の成績は、高校に入っても中学時代と変わらず。やはり中ぐらい。300人ぐらいの全校生徒で、130番とかぐらいをウロウロ。

 高校2年になり、そろそろ受験を意識するとともに、このままでは早稲田にいくどころか、他大学受験すらできる状態ではないことに気づきました。

 これはさすがにまずい。そこでバカは、バカなりに作戦を考えました。

 そもそも最初から作戦を考えるべきだったんですが。それも思いつかなかった。

 まずもともと頭が良くない自分が、頭のよいやつらに勝つためにはどすべきかを考えました。

 当時の大学受験というと、国立大学は5教科7科目と。この科目数での受験では、自分にはまったく勝ち目がない。

 3科目のみで受けられる私立ならば、3科目だけに絞れは勝機があるやもしれぬ。

 みんなより学力が劣っているので、現役合格は断念。1年浪人して、1浪での合格を目指す作戦。

 ここが肝心なんですが、「なんで自分は勉強ができないのか?」を改めて原因を考える。

 たとえば英語は、中学1年の時はたまに100点を取ったこともありました。中1の英語なんて、はじめたばかりなんでそんなこともありました。
結構得意科目だとおもっていたですが、関係代名詞とか複雑になってくると・・・気づいたら全くダメになっていました。

 英語の授業は中1から始まったので、中1まで戻ってやればゼロからスタート。最初からやれば、わかるようになるはずだと。

 その他科目も考え方は同様です。戻るならば、小学校あたりから勉強すればよいわけです。

 このやり方、急がば回れ方式は自分には正解でした。授業の内容も理解することができだし、成績も少しづつあがっていきました。

 英語の成績があがりはじめると、自分のやり方は間違っていないと自信がついて、他の科目でのモチベーションアップにもなりました。

 CIMG3538_R

 日大の付属高校は、高校3年の12月頃に全国の日大付属高校生対象に「統一テスト」というものを実施します。
何千人いるんのか、全国の日大付属高校生が一斉に同じ問題の試験に臨みます。なかなかすごいですよね。

 科目は文系で、英語、数1、国語の3科目。
そのため、高3になっても必須授業に数1がありました。

 しかし日大に行く気がない僕は、数1の授業は関係ないと、隠れて日本史とか他の受験3科目を勉強していました。

 当初予定通り、現役では早稲田は受験せず、1浪で目標達成すればよいという感じで勉強していました。

  高3の12月、日大付属校対象の統一テストが実施されました。

統一テストの成績により上から推薦される日大の学部が割り振られていきます。(内部での成績や生活態度なども考慮されるとのことでした。)

 僕のいた文系だと、統一テストの成績の良い順に法学部、次に経済とか商学部、文学部とかが同等ぐらい。

 文系で一番成績の悪いのが農獣医学部の林業や食品とかを勧められました。
当時の文系の農獣医は、なんでもいいから大学行きたい生徒が行くというイメージがありました。

 僕は内部推薦の統一テストで日大に行くつもりは毛頭なかったので、自分の受験科目でない数1は、白紙ではないけど、適当に書いて出しました。たぶん結果もひどかったと思われます。0点だったかもしれません。

 生徒は、統一テストの結果をもとに担任と進学についての面談をします。

 僕の担任は、とにかくひとりでも多く自分の生徒を日大へ行かせるぞ感が強いサラリーマン根性丸出しの教師でした。
自分が社会に出てみると、こういうタイプが出世するんだよなとのちのち思いましたが。

 生徒の希望とかやりたいこととかよりも、とにかく日大に行かせるのが自分のミッションという感じです。

 面談すると担任から、「お前の成績だとなんとか農獣医学部の食品なら行けるからいけ」と。

 言い方も、お前の成績でもなんとか農獣医なら入れてもらえるから、ありがたくはいっておけという感じでした。

 僕は、ずっと1年浪人して早稲田に合格するという作戦を立てて勉強していたので、あっさり「いきません」と答えました。

 その時の担任の顔が印象的でした。当然日大の農獣医学部にありがたくいくんだろうなと思っていた生徒が、行かないと。
せっかく1人確実に日大に入れられる、自分のポイントが1つ稼げるものを行かないと・・・

「はあ、おまえ頭大丈夫か」みたいなこを言われました。
 怒った担任は、「おまえの成績じゃ日大に入れてもらえないところを、付属だから入れてもらえるのになぜいかない?」など説得するというより、「バカじゃないのか?おまえ正気か?」みたいなことを言われました。
 
 しかし、自分は作戦通りに勉強もしているし、ここで日大に行くわけには行かないので、完全拒否しました。

 2月になると内部進学での日大の推薦は出さず外部進学の受験をする生徒が少しいます。

 僕は現役で大学に行くつもりはなかったので、受験をする必要はありませんでした。しかし、担任との面接で日大の内部推薦を断ったときの捨てセリフ「おまえなんか外からじゃ日大に入れない癖に、なぜ内部推薦をださない?」みたいな言い方が気に入らず、外部の一般受験で日大を受験することにしました。

 しかも文系の内部進学では、一番難しい法学部を。

 結果は、合格。

 自分の中では、模試などの成績から、英語、国語、日本史の受験ならば、現役でも日大は受かる自信がありました。

 この結果は、当然担任の耳に入り、即面談です。

 担任から、「おまえは本来日大の法学部に入れる成績じゃないが、付属校出身だから(お情けで)合格にしてもらったんだ。だから、ありがたく日大に行け」と。

 まあ内部進学で1人ポイント獲得と思ったら、バカな生徒で行かないとかふざけたことを言ったけど、何かの間違いで外部から日大、しかも法学部に入ったのだから、貴重な1ポイント獲得だとおもったのでしょう。

 僕は「行きません!」

 ・・・担任は、激怒。「バカじゃないのか!考え直せ!」などと言われました。

 しかし当然翻意などするはずもなく。最後には担任から「おまえなんか、来年日大受けても受かるからわからないからな」とかまた担任とは思えないありがたいお言葉をいただきました。

 ビリギャルのさやかちゃん同様自分もずっと成績がよくなかった。

 高2から、中1に戻って勉強したら成績が徐々によくなってきた。

 担任から、おまえなんかと罵倒される。

 この辺は、自分もそうだったなあと思いながら映画をみました。

 生徒のやりたいこと(早稲田に行きたい)よりも、自分の成績(生徒を日大に進学させること)を優先させる教師ってどうよとかおもいながら、千葉日本大学第一高校を卒業しました。

 3年間いると、友達はいいやつが多かったし、とても楽しかったです。卒業してからいまも飲みに行く仲間もいるし。学校はいまでも好きです。

P1050750

 卒業後予定通り4月から浪人して、一ツ橋学院早慶外語や代々木ゼミナールなど予備校へ通いました。

 「早稲田へ行くぞ!」と勉強していたんですが、途中から落ちた時のため慶応も受験することにしました。

 慶應は、国語でなく小論文試験があるので、予備校で小論文講座をとるようにしました。

 ちなみに文章書くのは嫌いじゃないしと小論文講座をとったのですが、ボロクソに添削されました。

完膚なきまで添削されましたが、勉強になりました。

 早稲田の受験科目の国語の中の古文や漢文が苦手で、逆に小論文は面白くて、しらずしらずに古文、漢文よりも小論文をよく勉強していました。

 ビリギャルのさやかちゃん同様早稲田の大隈講堂を見に行って(彼女は、慶應の三田キャンパスへ行った)、モチベーションを上げたり。

 テレビの野球の早慶戦の中継をみたりして、気合をいれていました。

 そして2月の本試験。

 第一希望というか、ここに入るためにだけ勉強してきた早稲田大学法学部に、あっさり不合格。

 早稲田キャンパスで、自分の受験番号がなかったとき、「あ〜人生終わった。二度とここに来ることはないんだ」と脱力しました。

 さて、どうなるんだろうか自分は・・・

 そしてまったくノーマークだった、慶應義塾大学法学部法律学科に合格。

 正直複雑な心境でした。

 早稲田を目指してきた自分には、慶應は敵だったからです。

 阪神ファンだった松井秀樹が、巨人に入団するようなもの?です。

 早稲田じゃないけど、天下の慶應に合格したんだと気持ちを切りかえる・・・なかなか本心から変わらないんですよね。

早慶戦などでも、早稲田の校歌や応援歌「紺碧の空」を聞くと、ついつい口ずさんだりします。

 浪人していたころ、くじけそうになったら、ラジオの早慶戦で録音した校歌などを聞いていたので、耳になじんでいるんです。

 高校に内申書を書いてもらっているので、どこへ進学するのか合否の結果を担任に電話をしました。

 とりあえず生徒が慶應に合格したのだから、いや、どこでも大学に合格したのだから「おめでとう」ぐらいあってもいいじゃないかとおもうんですが、
担任は電話口で「そうか、わかった」の一言だけで、切られました。

 さすがあの担任、やるなあ(^’^)という感じです。

 30年後、居酒屋で高校の同級生とこの話をしていて、「ところでうちの学校って、校長だれやってんだいま?」とか話になって、スマホでホームページみたら、僕らの担任が校長じゃないですか。同級生とびっくり、爆笑しました。

 わが母校千葉日本大学第一高等学校のホームページを見るとなんと校長だったりします。2014年時点。

 あれが校長・・・いいのかよ、あんな考え方の教師が・・・と居酒屋で大笑い。

 サラリーマンの同級生と、「やはりサラリーマンは、ああじゃないと出世しないんだよねえと」という話になりました。 

 「あの担任は、サラリーマンの生き方としては正解だった。出世という結果を残しているわけだし。」とか30年以上たっても先生は先生、生徒は生徒なんですよね。

 ビリギャルを見て、ちょっと思い出した話をしてみました。ほぼ事実で、盛っていませんので。